インストラクター

弘中 邦佳(HIRONAKA KUNIYOSHI)

【マスタージャパン代表】弘中 邦佳
「楽しく!強く!をモットーに指導・練習しています。
本物の格闘技の技術・理論をみんなに体感してもらえると幸せです!」

1976年生まれ 山口県出身
鹿屋体育大学卒業
日本スポーツパフォーマンス学会会員
第11代修斗世界ウェルター級王者
第3代CAGE FORCEライト級王者
ブラジリアン柔術黒帯初段・柔道黒帯二段
IBJJF(国際柔術連盟)公認 黒帯初段
JBJJF(日本ブラジリアン柔術連盟)公認 黒帯初段

【主な戦績】
プロMMA 33戦24勝9敗
2001年 全日本アマチュア修斗選手権 ミドル級 準優勝
2002年 プロ修斗ミドル級新人王
2009年 第3代CAGE FORCEライト級王座
2011年 第11代修斗世界ウェルター級王座

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10歳より柔道を始め、インターハイ・国体に出場、大学卒業後は自衛隊体育学校柔道班に入り、全日本実業団柔道大会で個人ベスト8の成績を残した。

2001年より佐藤稔之(通称:和道。柔術&ADCCの世界王者レオナルド・ヴィエイラより黒帯を直接授与された数少ない日本人柔術家)に師事し、総合格闘技・ブラジリアン柔術のキャリアをスタートさせる。

東日本アマチュア修斗選手権ミドル級準優勝、全日本アマチュア修斗選手権ミドル級準優勝を経て、同年にプロ昇格、プロ修斗選手としてプロ総合格闘技デビューを果たす。

その後は、修斗ミドル級新人王を獲得し、2002年12月の修斗東京ベイNKホール大会にて、ニック・ディアスと対戦し判定勝ち。

2004年には、怪我のためMMAの試合に長期間出場できないことから、ブラジル・サンパウロにて柔術の修行を積む。

当時全盛期であった柔術世界王者フェルナンド・テレレに師事し、TT道場にて当時まだ茶帯であったアンドレ・ガヴァオンをはじめとするトップ柔術家達とトレーニングに励む。

滞在中にはブラジル・リオで開催された柔術世界選手権に出場し、無差別級でベスト8の戦績を残す。

ブラジルから帰国後は、日本だけに留まらず、徐々に活躍の場を世界に広げていく。

2006年4月、ハワイで行われた「Rumble on the Rock」にて、ヘナート・ヴェリッシモと対戦し、パウンドでTKO勝ち。

2006年5月、LAで行われたプログラップリング大会「LA SUB X」にて伝説的なADCC世界王者ジャン・ジャック・マチャドと対戦する。

2度のティクダウン、バックグラブを完全に奪うなど、終始試合をコントロールし、ポイント判定勝ち。日本人として、唯一ジャン・ジャック・マチャドから勝利を挙げた。

2006年にUFCと契約「UFC64」で初参戦。

2007年4月、「UFC Fight Night」にて、フォレスト・ペッツと対戦し、3-0の判定によりUFC初勝利を挙げ、2008年4月までにUFC通算4試合を戦いぬいた。

その後は、再び主戦場を日本に移し、「DREAM」 、「CAGE FORCE」 、「ZST」に参戦し、活躍する。

2009年9月、自らが代表を務めるジム「マスタージャパン東京」を格闘技の聖地・水道橋にオープンする。

同月CAGE FORCEライト級王座決定戦にて、児山佳宏と対戦し、左フックでKO勝ちを収め、王座獲得に成功した。

また、総合格闘技、柔術、グラップリングだけに留まらず、2010年2月よりシュートボクシング(SB)にも参戦し、ムエタイの殿堂ラジャダムナンスタジアム元王者であるボーウィ・ソーウドムソンからも、KO勝利を収めている。

2011年7月、修斗世界ウェルター級王座決定戦で朴光哲と対戦し、3-0の判定勝ちを収め、遂に念願の修斗世界王座獲得に成功した。

その後、ニ度の世界戦で防衛を果たし、2015年11月に後進の選手に託すべく、自らベルトを返上した。

2016年5月より、マスタージャパン代表として、「マスタージャパン福岡」を博多に設立する。

小田 光二(ODA KOUJI)

【マスタージャパン山口宇部】
インストラクター 小田 光二
「地元の山口県で格闘技のインストラクターをやれることに幸せを感じています。」

1978年生まれ 山口県出身
ブラジリアン柔術紫帯
空手二段
プロ修斗ライセンス

【主な戦績】
■アマチュア修斗
 全日本選手権 準優勝
■プロ修斗
 1勝3敗2引き分け
■その他のプロ総合格闘技
 4勝4敗

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高校時代に芦原空手を始め、フルコンタクト系の大会に出場。入賞多数。

2000年にニューヨークに移住。

極真空手ニューヨーク支部に所属し、カナダ選手権で優勝。

その後、何気なく見学に行ったヘンゾグレイシー柔術アカデミーで寝技に興味を持ち、その日の内に入会を決める。

同アカデミーでブラジリアン柔術の鍛錬を積み、青帯を授与される。

2006年に帰国。

和術慧舟会山口支部にて総合格闘技を始め、プロ総合格闘技の大会に参戦。

30歳の時、プロ修斗のライセンス取得を目指しアマチュア修斗に出場。

全日本選手権準優勝の結果を納め35歳でプロ昇格、主戦場を修斗にうつす。

プロ修斗ライセンス取得後には自らチームを立ち上げ、アマチュア修斗からプロ昇格を目指す後進の育成にも務めていた。

現在は、マスタージャパン山口宇部のメインインストラクターとして、キックボクシングとブラジリアン柔術の両クラスにて指導を行っている。

濵口 直宏(HAMAGUCHI NAOHIRO)

【マスタージャパン山口宇部】
インストラクター 濵口 直宏
「年齢を重ねて体力が落ちる。けれど技術は落ちない。そんな柔術を磨いていきたいと思います。」

1977年生まれ 山口県出身
ブラジリアン柔術紫帯
柔道三段
プロ修斗ライセンス

【主な戦績】
■アマチュア修斗
 九州FFライト級 優勝
 四国選手権フェザー級 優勝
■ブラジリアン柔術
 白帯、青帯時に優勝、入賞あり

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中学から大学まで柔道に打ち込み、山口県3位などの成績をおさめる。

社会人になり特に運動もせず過ごしていたところ、健康診断の血液検査で引っかかり運動を勧められる。

29歳の時に運動不足解消のため空手を始める。

一年で全日本3位入賞するが、打撃に加え投げ技と寝技のある総合格闘技に挑戦したいとの想いで道場を移籍。

プロ総合格闘家への登竜門であるアマチュア修斗に出場しながらブラジリアン柔術の稽古も並行して行い、寝技のスキルを磨く。

その後、転勤により山口県に異動。

チームを立ち上げ、自らの練習とともに後進の育成にも取り組む。

出稽古も積極的に行いながら実力を高め、修斗のプロライセンスとブラジリアン柔術紫帯を取得。

マスタージャパン代表の弘中邦佳との縁により、山口宇部のインストラクターに就任。現在に至る。

藤井 康寛(FUJII YASUHIRO)

【マスタージャパン山口宇部】
インストラクター 藤井 康寛
「年齢、体力にあわせて楽しみながら強くなれる、それがブラジリアン柔術です。
その魅力を少しでも伝えられるよう頑張ります。興味のある方は是非体感してみてください。」

1980年生まれ 山口県出身
ブラジリアン柔術紫帯
柔道三段

【主な戦績】
■ブラジリアン柔術
 第4回 九州選手権 アダルト青帯ペナ級 優勝
 コパサウス2012 アダルト青帯フェザー級 優勝
 ADCC JAPAN九州選手権2012 アダルト青帯無差別級 優勝
■グラップリング
 第5回 九州NO-GI OT アダルト アドバンス 無差別級 優勝
 第6回 九州NO-GI OT アダルト アドバンス ペナ級 優勝
 第9回 九州NO-GI OT アダルト 青/紫帯 ライト級 優勝

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小学1年生から大学まで柔道に打ち込む。

社会人になってからは柔道から離れ、健康と体型維持のためジョギングなど軽めの運動を趣味とする。

2008年(28歳時)友人と共に福岡市で活動するサークルJ.J.J福岡に入門、ブラジリアン柔術と出会う。

ブラジリアン柔術の技の多彩さと、練習すればするほど成長が実感できる所に惹かれ、その魅力にはまっていく。

2011年には仕事の都合により拠点を出身地である山口県に移し、同時にJ.J.J下関に入門。

九州の大会で実績を重ね、紫帯を巻くことを許される。

その後、生活環境、練習環境の変化により一旦格闘技と距離を置くことになるが、いつか復帰するという思いを持ち続けていた。

マスタージャパン山口宇部の設立にあたり、格闘技に復帰。

本人は特に力が強いわけでもなく、どちらかといえば不器用で体格も標準的。

そのため、だれにでも使いやすく且つ効果的なテクニックということを念頭におきながら指導にあたっている。

日坂 侃生(HISAKA TSUYOKI)

【マスタージャパン山口宇部】
インストラクター 日坂 侃生
「元気に楽しく頑張って行きましょう。」

1993年生まれ 山口県出身
レスリング参段

【主な戦績】
■レスリング
2014年 全日本選手権(男子グレコローマン) 4位
2016年 国民体育大会(成年) 3位
2017年 全日本社会人選手権 3位

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更新日:

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